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 1月14日 産業保健推進センターの最新ステージ

         

1.産業保健の現状認識

 

近代における科学技術の発展は素晴らしいものがあります。コンピューター,ITを先頭にした最新の技術は、人間を重労働から解放しました。私たちの周りには経済の発展に象徴される豊かな生活に満ちているように思われます。このような社会の発展は過去に発生した悲惨な職業病から働く人々を解放し、豊かな生活を本当にもたらしているでしょうか。今日の労働行政の重点施策は「過重労働とメンタルヘルス」と言われています。技術が進歩し、新しい機械がどんどん作られていくのですから、働く人の労働時間は短く、労働負荷も少なくなるのは当然でしょう。そのための科学であり、技術のはずです。

しかし、現実は働く人々は長時間の過重負荷による心と体の不調に苦しんでいるのです。厚生労働省は平成19年5月16日の発表した「脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況(平成18年度)について」で次のように述べています。

「過労死」等の労災補償請求件数は938件であり、前年度に比べて69件(7.9%)の増加。支給決定件数は355件であり、前年度に比べ25件(7.6%)の増加。精神障害等の労災補償請求件数は819件であり、前年度に比べ163件(24.8%)の増加。支給決定件数は205件であり、前年度に比べ78件の増加としています。このように「過労死」、「精神障害」の労災補償請求件数、決定件数とも近年、急速に増加する傾向を示しています。また、働く人々1万2千人について神経の疲労と身体の疲労について調査した結果では、両者とも70%の人々が「とても疲れる」「やや疲れる」と言っています。

このように科学技術に発展は働く人々に新たな職業病と健康影響をもたらしています。産業社会の発展は働く人々に幸せをもたらすことを意味するのではなく、産業保健上の新たな課題が出現するという歴史が今も繰り返されていることを強く認識すべきです。

このような認識を基盤として働く人の健康を保持・増進するための産業保健活動が展開されるべきであると考えます。

2.産業保健推進センターの果たすべき役割

「予防に勝る治療なし」と言われるように、健康被害を防ぐ対策とその実践は極めて重要です。過去に多発した労働災害、職業病の治療機関として労災病院が設立されました。しかし、これは起こった事故や健康被害への対策であり、起こることを防ぐことではありませんでした。労働衛生の歴史をみると、起こったことへの対策がほとんどであり、起こるべきことを予測して、予防活動をすることは極めてまれであったことがわかります。働く人に健康被害を起こさない対策を考えて実践することは大切であると認識されながらそのような予防活動を中心に行う機関は設立されてきませんでした。

そのような労働衛生の歴史のなかで働く人の健康被害を予防することを目的に産業保健推進センターが設立されて全国的規模での予防活動が可能になったことは労働衛生の中では画期的なことです。予防を担う産業保健推進センターと治療を担う労災病院が両輪となって働く人を健康被害から守ること、健康被害を受けた人を治療する体制が確立されたことになります。

さらに、地域産業保健センターの活動が加わることにより予防活動が全ての働く人々へ展開できることが可能となってきたのです。産業保健推進センターは企業の産業保健スタッフの教育、支援を行うことにより働く人の健康被害の予防を図るのに対して、地域産業保健センターでは直接、働く人への支援を行う活動をしています。現在、50人以上の企業に義務づけられている産業医の選任を30人以上の企業にまで引き下げることは予防活動を質的にも量的にも活性化し、その効果は極めて大きいことが推察できます。

3.千葉産業保健総合支援センターにおける活動の改革の方向

 

平成6年に設立された当事務所は今年で16年を迎えました。この間に産業保健を取り巻く環境は大きく変化しています。企業間、国際間の競争は益々厳しくなり、それに応じて働く人を取り巻く労働環境も益々厳しさを増してきています。

終身雇用制の崩壊と成果主義の導入、非正規雇用者の急速な増加は企業が競争に勝ち抜くための行動のもたらしたものです。その結果「過重労働」「メンタルヘルス不調」に代表されるように働く人々の健康被害にも特徴的な変化が見られてきています。労働安全衛生法が「長時間・過重労働」のために改正されるような事態です。

このような状況は前述のように産業保健における「予防原則」の大切なことを実証しています。しかし、今までは産業保健スタッフに対してこのような事態に対しての対応を教育し、支援するような機関はありませんでした。

産業保健推進センターは、今こそ、その機能を発揮して働く人の健康を守るための有効な活動を展開すべきと考えます。当事務所でも、各種の研修セミナーの中で参加者が多いのは「メンタルヘルス」のセミナーであり、この傾向は現在でも変わっておりません。このような状況に対応するために、当事務所が抱えている問題を解決しつつ活動を改革していく必要があります。

 

最も重要と考えているのは研修事業の充実です。平成21年度は118回の研修を実施してきました。これは、ほぼ週に2回の研修があるということですから、大学で講義を受けていると同じような量です。そうなりますと、整理が必要です。先ず内容で研修を区分して受講者が自分が希望するコースがわかるようにすることです。さらに内容を習熟度別に「ベーシック」「ミドル」「アドバンス」に分けることにしました。このようにコース別、習熟度別に研修内容を明確に区分することにより、広範囲な研修も受講者には選択が容易になると思います。

また、そのコースを修了すればそのコースの内容が身に付くようになります。例えば、メンタルのコースでは基礎知識から最終的には個別対応ができる能力が身に付くようにコースを組み立てることです。今までは、同じような基礎知識の研修を繰り返し受けるような状況もありましたが、これからは自分に能力に応じた研修が受けられることになります。十分な能力を身につけた受講生は「アドバンス」でさらに能力を磨き、新規受講者は基礎知識から勉強することですべての受講者が満足できるコースを提供したいと考えています。

この方針につては随時その有効性の検証を測りながらよりよいカリキュラムの策定に向けて改変を続けたいと考えています。

 

同じく重要なのは相談事例に対する対応です。現在は多くの相談機関があります。メンタルヘルスに関しても、多くの公的、私的機関が相談に応じる体制をとっています。産業保健推進センターはその中でも「最も質の高いサービス」を提供することで、相談者の信頼を得ることが重要です。例えば鉛健診の内容を聞かれた際に、単に法律の規定をFaxするだけではなく鉛の毒性についての知識を相談者に提供することです。

ある時、相談者から新規化学物質の毒性と人体影響について質問がありました。当事務所の化学物質に関する全ての本を見ても記載がありません。PubMedでも該当する文献はありません。日本での専門機関に問い合わせましたがやはり文献は見つからないようです。ここまで調査してから相談者に「見つけられなかった」ことを伝えました。相談者はこれで納得されました。

相談者の立場に立った適切な対応と相談員の優れた能力がセンターの相談事業の活性化には不可欠です。これからの産業保健推進センターでの相談は一般的なものは勿論ですが、他の相談機関では解決できないようなものがどんどん寄せられるようにならねばなりません。一般的な対応だけでは産業保健推進センターは無用と評価されかねません。法令などの既定の事実についての問い合わせは、相談者の能力が向上すると次第に減少していくでしょう。しかし、対処困難症例など既定のことでは解決できないような事例は次々に起こるものと思われます。このような事例に対応できる相談員の高い能力が常に求められるのです。

相談事例を増加するために重要なことは産業保健推進センター(相談員)が相談者から信頼されることです。信頼されるためには、企業の講演に応じてそこで信頼をえる、あるいは実際の現場に足を運ぶことが大切です。当事務所は所長も含めて相談員は各企業の産業医であるという感覚で相談業務を行うことを目指しています。

 

広報は依然として重要です。産業「保健」推進センターは産業「保険」推進センターと思われて「保険はいらない」といわれたような時期は脱したと思います。しかし、千葉県内の産業医講習会で受講者に聞いたところ産業保健推進センターの名前を知っている医師は約半数、地域産業保健センターは約20%であったと聞かされました。産業医研修会に集まる医師でこのような数字ですから、一般の医師の間での認知は極めて低いと思われます。

4.今後の展望

産業保健活動を行っている、医師会、労働基準協会、地域産業保健センターなどの各種組織との連携の確立が重要です。そのなかで産業保健推進センターの存在意義を明確に提示出来ることが重要です。千葉県行政当局の当事務所への認知は極めて低いものでしたが、最近の職域・地域連携の流れの中で当事務所への連携の呼びかけが増えてきました。このような連携を進めるためには、所長の責任が重要です。独立行政法人となり、数字での業績評価と予算の効率化が厳しく求められています。このような状況のなかで働く人々の健康を保持・増進する機関としての産業保健推進センターの評価を高める努力が益々重要となってきています。

しかし、現実は極めて厳しい状況下にあります。全国47都道府県の産業保健推進センターは平成24年度までに1/3以下に縮減と判定されました。予防医学の効果は簡単には目に見えるようなものではありません。その効果の有無は長い目で見ることが必要です。予防医学が健康な働く人の分野まで入り込むことを法的に保障している産業医制度は極めて貴重な制度です。

この産業医制度を効果的に持続させるためには産業医、保健師、看護師、衛生管理者などの産業保健従事者に対する「産業医学教育」が必須です。臨床医学の進歩が著しいように予防医学の進歩も著しいのです。その成果を産業保健従事者に教育することの重要性は臨床医学と同様に予防医学でもなんら変わることはありません。産業保健推進センターはその役割を今後とも果たすことが求められているのです。

産業保健推進センターは全てなくなるのではありません。残ったセンターが益々、充実した活動を展開することにより産業保健推進センターの重要性を再認識してもらい再度出発できることを強く希望しています。