ちば産保コラム
- トップ
- ちば産保コラム
- 労働衛生専門職コラム
- 「女性のコミュニケーション力」
-
「女性のコミュニケーション力」
労働衛生専門職コラム
千葉さんぽコラム
千葉産業保健総合支援センター
労働衛生専門職 原 文伯コロナ禍で休日の過ごし方は変わり、3密を避けるために買い物や外食などが減って家にいることが多くなる。しかし家に籠ってばかりでは体に良くないと近所のウォーキングに出かけている。妻と一緒にウォーキングすることも多くなり、たまに近所の人と出会うことがある。先方が女性の場合、妻が相手をすることになるが、ソーシャルディスタンスを気にしつつも結構長い立ち話になり、私はそれを横でボーと立って見ている。そしてそのまま居ることに耐え切れず、それらしい言い訳を残して家に戻る。どうして女性はあんなに話すことがあるのだろう。いわゆる世間話というやつだが、次から次へと話題は移り終わらない。妻が特別かと言うとそうでもないようで、多くの女性は知人と出会うと双方で「あら~」とか言いながら近づき長談義が始まる。
振り返って自分の場合はどうだろうか。近所の知人に会っても挨拶だけで済ますことが多く、立ち止まって話すのはほんの一部の人だけだ。たかが世間話だが話題を考えるのも面倒だし、そこまでして親睦を深める必要もないと思ってしまう。どうして女性同士は良く話すのか、少し考えてみると、人類は集団に属さないと生きていけなかったから、そのためのコミュニケーションであり、それを女性は本能的に体現しているという人類史的考察も聞いた覚えがある。また、女性は話を「共感」して聞くが、男性は「問題解決」で聞くと言われている。話し手は、話に共感してくれる方が気持ちよく話せるから話も延々と続くのかもしれない。妻に言わせれば、単純に、話すことが楽しいし、情報交換にもなる、更に話すことですっきりする、などのメリットがあるそうだ。それにしてもやぶ蚊に刺されても我慢して世間話を続けるのには感心してしまうが、とにもかくにも世の女性達は地域の中で孤立しないで楽しい暮らしをするために努力しているように思う。昔から女性の方が長生きと言われているが、現在の平均寿命は6年も長いそうだ。これも女性が生活の中で培ってきたコミュニケーション力によるものと納得するのは短絡的すぎるだろうか。
ところで、どうして男性は女性と同じように出来ないのだろうか。仕事を通じて上下横の人間関係やお客様とのコミュニケーションは訓練されていてやろうと思えばできるはずだ。私の場合、数年前まで柴犬を飼っており毎日朝と休みの日は散歩係だったため、犬に助けられて公園デビューし、会話をする散歩仲間ができたが犬が亡くなってからは会うこともほとんどなくなってしまった。どうも男性の場合、犬の散歩や数年経つと回ってくる自治会役員のような会話や交流を求められる環境に身を置いていないと気楽に世間話をする関係を維持することが難しいようだ。
健康で長生きするためには女性の努力を見習い、日々楽しく世間話をできるように自分なりの方法を見つけるのが近道かもしれない。何が自分なりか、例えば知人に会ったらとにかく「挨拶プラス一言」を努力することだろうか。今関わっている両立支援は、治療をしながら仕事を継続することへの支援だが、その内に男性向けに仕事をしながら地域社会に溶け込むための支援が必要になるかもしれないなどと空想している。