ちば産保コラム
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働くことは大変だ、働き続けることはもっと大変だ。
所長コラム
千葉産業保健総合支援センター所長 能川浩二
「働くことは生きること」であると考えています。ここでは広義の働く人の定義、すなわち「生きるための作業をする人」ではなく狭義の定義、「企業で働く労働者」を対象にします。
働くためには、企業に入らなければなりません。新入社員の誕生です。今の若者は、学生時代に1年以上かけて、企業研究と称して自分に合うと思われる企業を探します。それだけ準備しているのですから、入社後は明るい未来が待っているはずです。しかし、簡単には前に進めない現実があります。厚生労働省の「新規大卒就業者の事業所規模別離職状況」によると平成29年3月卒の離職率は、1年目まで12%、2年目まで23%、3年目まで33%であり、この離職率は、ここ15年間はほぼ変わっていない状況です。また、千人以上の企業では3年目までの離職率は27%で、平均値とあまり変わりません。簡潔に言えば、大卒の新入社員は3人に1人は3年目までに離職するということです。もちろん全員が希望する企業に入社できなかったとは思いますが、それだけの理由ではないと思われます。この事実は、採用のために人とお金を使った企業にとっても、痛手であると思われます。しかし、元気で離職の決断をした新入社員は幸運です。メンタル不調になるまで頑張ると、その後の労働人生に影響します。ある県で採用された職員の1年目の長期療養者率は最近の2年間で2.7-3.5%と報告されています。公務員は安定した職業として人気がありますが、そのような公務員でもこのような数字であることは注目されるべきです。さらに恐ろしいことは、内定段階や入社1-2年までに自殺する新入社員のいることがマスコミで知らされることです。しかも新入社員はトップクラスの大学を卒業していて、企業も超一流と言われるような企業で発生しているのです。自殺した新入社員のツイッターを読むと、次第に追い詰められる状況がわかり、心が痛みます。上述のことは「働くことは大変だ」ということを実証しています。
新入社員の時の危機を乗り越えて、中堅社員として働いていても危機は続きます。責任が重くなり、仕事の量が増え、内容も難しくなります。過重労働、長時間労働の職場が少なくありません。厚労省の労働安全衛生調査では、6割の労働者が強いストレスを感じていると答えています。さらに、平成29年11月1日ー平成30年10月31日の1年間、メンタルヘルス不調により連続1ヶ月以上休職した労働者が10人以上いた企業は、千人以上の企業では5割、退職者が10人以上は1割となっています。大企業でも厳しい状況であることがわかります。40歳代、50歳代になっても「早期・希望退職者」制度が待っています。東京商工リサーチによると、上場企業では2009年に200社、2万3千人を募り、その後は次第に減少しましたが、2020年1-10月で72社、1万4千人に増加しています。努力してきたのに、会社都合による退職である希望退職に応募せざるを得ない立場になった時の気持ちは察するに余りあります。またリーマンショックなどの経済的状況で企業が倒産することもあります。自身の健康問題が発生することもあります。このように「働き続けること」もまたとても大変なことなのです。
上述のことを考えると、定年まで働き続けられるのは、とても幸運なことであり、おめでたいことなのです。働く人は、定年まで働き続けることを目指すべきです。定年まで働いた人は、退職後の死亡率は居住県の同じ年齢の全住民と比較すると半減しているという研究があります(Sakurai et al.,JOH,2020).これはうれしい御褒美です。もちろん、このような企業に入社できるという幸運に出会わなければなりませんが。働く人が退職時に「この会社に入ってよかった」と思える会社になることを全ての企業は目指さねばなりません。
長く働き続けるためには、働く人はどうすればよいのでしょうか。「自己能力」を高めることです。「自己能力」とは仕事、健康、精神力など自分に関する全ての能力が含まれます。
また、困難を感じた時には相談することです。50人以上の企業には産業医がいますので、まずは産業医に相談するのがよいと思います。それでも解決できなければ各県にある産業保健総合支援センターに相談してください。産業医がいない50人未満の企業で働く人も相談してください。法的問題は、労働基準監督署に相談するのがよいと思います。決して1人で問題を抱え込まないでください。企業は「社会的存在」であることを基本として、企業活動をすべきです。企業の存在する理由は「金儲けだけではない」ということです。近年、言われている「健康経営」の概念は、その一端に合致していると思います。働く人が、どうすれば満足できる労働生活を過ごせるかは、とても複雑で解決の難しい問題です。ここで私が述べたことだけでは、このエッセイを読まれた方は納得されないでしょう。当然です。このエッセイを読まれた方にとって、自身の労働人生を考えるきっかけになれば幸いです。