研究者代表 | 千葉産業保健推進センター | 所 長 | 荘司榮徳 | |
共同研究者 | 千葉産業保健推進センター | 相談員 | 能川浩二 | (千葉大学医学部教授) |
相談員 | 城戸照彦 | (千葉大学医学部助教授) | ||
相談員 | 吉田之好 | (千葉県医師会理事) | ||
帝京大学医学部第3内科 | 助教授 | 吉田秀夫 | ||
千葉労災病院 | 院長代理 | 石原運雄 | ||
千葉労災病院第2内科 | 部長 | 岩間章介 | ||
千葉労災病院健康診断部 | 部長 | 伊藤一郎 | ||
千葉労災病院第4内科 | 部長 | 今井均 | ||
千葉労災病院内科 | 医師 | 古賀秀嗣 | ||
千葉産業保健総合支援センター | 副所長 | 小山里子 |
近年、労働人口の高齢化や職場環境の複雑化・OA機器の導入などでストレスを感じる勤労者が増加し、これに関連して生じる反応性のうつ病、胃・十二指腸潰瘍、あるいは高血圧症、虚血性心疾患といった、いわゆる成人病の有病率の増加が指摘されている。これらの疾患は、産業現場においては職業病とは異なり、多因子的な疾患ということが出来る。このような状況からWHOの専門家グループは、作業関連疾患(work related diseases)という新しい概念を提唱し、作業環境と関連のある因子が疾患の発症や経過に寄与するような疾患群として定義した。このなかでWHOの専門家グループは、作業と健康との間の全ての関連を取り扱い、かつ、健康全般にわたる対策の導入が必要であることを強調した。このような概念に基づいた疾患群を我が国でもい作業関連疾患として論議されつつある。
しかし、この作業関連疾患は非常に広範囲にわたる疾患群を対象としており、独立して扱うことは不可能である。また、現在我が国では、これらの対象者はほとんどが一般病として臨床の場で扱われている。もし担当医師がこれらの疾患の診療にあたり、常に作業との関連性を意識して対処することが出来れば、より効果的な治療や、再発防止のための適切な保険指導も期待できると考えられ、それゆえ、これからの勤労者医療に重要な位置を占める作業関連疾患への取り組み方を、早急に調査・研究しなければならない。
我々は昨年度、以上のような状況から「千葉県内における勤労者医療と作業関連疾患に関する調査研究(その1)」において、作業関連疾患への取り組みの第一歩として「勤労者のための問診票(高血圧症・動脈硬化症・虚血性心疾患用)」を作成した。
今年度はこの問診票を実際に用いて、外来を受診した勤労者に対してこの問診票による間診を実施し、疾患における作業関連性を検討することとした。
2 方法
以下の方法により、3分野に分け検討した。
平成8年度中に千葉労災病院外来および一部関連施設を受診した勤労者である高血圧症患者のうちから無作為に抽出した40才以上60才未満の症例に対して、「勤労者のための問診票(高血圧症・動脈硬化症・虚血性心疾患用)」を自己記載方式で記入してその結果を検討した。また帝京大学市原病院において同年代の冠動脈造影検査を実施した虚血性心疾患(狭心症および心筋梗塞)患者に間診を実施し、対照群として同じく同年代の高血圧症のない勤労者から問診票に回答を得た。以上の3群で比較検討した。
次に作業関連性を調査するために、出勤日および休日にホルター心電図検査を実施し心拍変動から自律神経機能を比較し、問診票内容とあわせてストレス要因を検討した。
3 結果および説明
「2の方法」により、紙面の都合上3分野のうち「検討その3」について概説する。
心拍変動の周波数解析を用いた作業関連要因の解析
―冠動脈性心疾患患者における検討―
[T]目的
冠動脈性心疾患を有する勤労者について、心拍変動の周波数解析から自律神経機能を評価し、労働とストレスの関係の基礎的検討を行った。
[U]対象と方法
対象は冠動脈性心疾患を有する男性勤労者で、1996年10月から1997年3月の間、入院時に心拍変動スペクトル解析を行った33例である。これらのうち「勤労者のための調査問診票」で、回答が得られた、27例(回収率82%)について解析を行った。
[V]結果
心拍変動スペクトル解析から、夜間(21時から6時)の低/高周波帯比(LF/HF)は平均0.78±0.11であった。この値からmean±1/3で3群に分類すると、低値群10例、中間群9例、そして高値群8例であった。これら3群について問診票での比較を行ったが、いずれの項目にも回答の分布に差異は見られなかった。
[W]考案
心拍変動スペクトル解析による自律神経の評価において、心拍変動で低周波帯(LF)は、交感神経・副交感神経両方の活動性を、高周波帯(HF)は副交感神経活動を示し、低/高周波帯比(LF/HF)は交感神経活動を示すといわれている。今回、冠動脈性心疾患患者を対象としたが、検討その2で行ったような勤務日と休日の比較は行い得なかった。また、指標のうちLF/HFを用いて、夜間の交感神経緊張度からみた検討を行っており、方法的には検討その2とことなっていた。case control studyの結果から、仕事への強要性や社会的支持度は、急性心筋梗塞の発症に大きく関わっており、また、梗塞発症の予測因子であることを示した。そこで今回、KarasekとLaRocooの拡大モデルをもとにした補足の問診票も加えた。その結果,肉体的にも疲れ、精神的にも消耗している自覚的な訴えが、夜間の交感神経緊張度と関連している所見として捉えられた。勤務形態や、残業時間、休日の取り方などの見かけの労働量は、ストレッサーとしてはそれほど重要ではなく、むしろ仕事への適応の状態がより関与しているものと思われる。
[X]まとめ
産業ストレスの評価として、今回の問診票に加え、肉体的に疲労を感じていることや精神的に消耗していると感じているということ、さらに家族、同僚や上司などからの社会的支持の状態を調査項目に加えることも、意義があると考えられる。
4 おわりに
昨年度の研究で作業関連疾患のうち「虚血性心疾患などについての問診票」を作成した。今年度はこの問診票を外来を受診した「虚血性心疾患など」の症例に実際に回答してもらい、その臨床的意義について検討したが残念ながらこのままでは作業関連性を明らかにするには不完全であると言える。
次に正常勤労者例に対して実施したホルター心電図検査を実施して心拍変動からみた作業関連性を検討したところ、勤労者によって休日のリラックスのしかたに差があることが示唆された。今のところ問診票との関連性については明らかではないが今後の検討項目と考えられた。最後に報告した「虚血性心疾患」患者において周囲との協調性の有無や周囲からの支持の有無と疾患との間になんらかの関連性の存在が示唆された。勤労者における虚血性心疾患などと作業関連性とを検討するための問診票の内容では自律神経系の反応状態や周囲との協調性の有無や周囲からの支持の有無などの項目を充実させて作成する必要性があるものと考えられた。