研究代表者 | 相談員 | 能川浩二 | (千葉大学医学部教授) |
共同研究者 | 相談員 | 城戸照彦 | (千葉大学医学部助教授) |
相談員 | 吉田之好 | (千葉県医師会理事) | |
所 長 | 荘司榮徳 | ||
副所長 | 小山里子 |
「過労死」の大半は、脳・心臓疾患であり、その基礎疾患には高血圧、糖尿病、高脂血症等の生活習慣病が存在することが多く、生活習慣の改善等の一次予防の重要性が健康診断の事後措置の中においても明らかにされてきている。
本研究の目的は、現在産業医学の分野で注目されているメンタルヘルスと循環器疾患との関連性について検討することである。具体的には、千葉県下の3事業所の40歳未満の男子労働者の健康診断結果より、血圧値を循環器指標として利用し、間診時に得られた生活習慣情報とSelf−rating DepressionScale(SDS;抑うつ尺度)をストレス関連指標として用いた。
今回の調査では、3事業所の定期健康診断結果より、循環に与える影響として血圧値を指標として用い、収縮期血圧と拡張期血圧にわけて検討した。また、ストレスの評価法として、自己評価式抑うつ性尺度(Self−rating Depression Scale :SDS)と間診時に聴取した生活習慣(睡眠時間、労働時間、飲酒、喫煙、運動)を用いた。肥満度は桂変法により求めた。
統計解析は、群間の平均値の差や比率の検定には分散分析法やカイ自乗検定法を用い、血圧と年齢、肥満度、生活習慣、SDSとの関連性についてはPCSASにより多変量解析の1つである一般線形モデルを用いた。
解析の結果は、収縮期血圧に有意な正の関連性を示した要因としては、年齢と肥満度が特に強い関連性を示した。また、前二者に比較すると弱いが正の関連性を示すものとして運動が挙げられる。一方、収縮期血圧に対し、負の関連性を示したのが労働時間であった。すなわち、労働時間が長いほど血圧が低下する傾向になるという結果が得られた。労働時間については、血圧を下げる要因と解釈するよりも、血圧正常群の方が、結果的に長時間労働に耐えられる状況にあると考える方が妥当であろう。また、Y事業所はHおよびK事業所に比べて収縮期血圧が1.7〜2.6mmHg低い傾向にあることが判明した。このことより、労働時間とは別に、業種の違いが影響している可能性が示唆された。今後、Karasekらにより提唱されている労働に対する要求度と自由裁量度の観点からも検討していくことが必要であろう。
拡張期血圧と関連性を持つ要因を調べた結果も、収縮期血圧と同様に、血圧と有意な正の関連性を示す要因として、年齢と肥満度が特に強い関連性を示した。[表1]弱いけれども正の関連性を示すものとして睡眠時間と運動が挙げられ、逆に弱いながら拡張期血圧に対し負の関連性を示すものがSDSであった。ストレスにより、急性期には血圧は一般に上昇すると考えられている。その点では、今回の結果は反対の傾向を示している。しかし、今回の調査に使用したSDSをストレスを受けた結果としての抑うつ度をみていると考えると、抑うつ状態により日常生活度が低下して結果的に血圧が低下したという可能性も考えられる。血圧値の評価においては、抑うつ度を考慮することも時には必要となろう。しかし、SDSの血圧値への影響の程度を他の因子と比較すると、少なくとも40歳未満の労働者においては、肥満度ほど強い影響を及ぼしていることはなかった。また、収縮期血圧の場合とは反対に、Y事業所はK事業所に比べて拡張期血圧が1〜3mmHg高い傾向にあることが判明した。
今回の研究対象は、40歳未満の生活習慣病が比較的進行していない年代である。総じて、この年代では、肥満が血圧に対して最も強い影響を示す要因であることが明らかにされた。今後、40歳未満の労働者に対する高血圧症の予防対策として、肥満に力点をおくべきであろう。
4 まとめ 本調査研究は、ストレスと循環器疾患との関連性を明らかにする目的で、具体的には千葉県下の3事業所の定期健康診断結果より、40歳未満の男子労働者を対象に、生活習慣、抑うつ尺度(SDS)と血圧値との関連性について検討した。その結果、血圧と明らかな正の関連を示す因子としては、年齢、肥満度が挙げられた。運動も前二者には及ばないまでも、血圧値と正の関連性を示した。一方、SDSが血圧値と弱いながら負の関連性を示した。また、労働時間や業種の違いも関連性を示しており、今後作業関連疾患の観点からも検討していく必要性のあることが示唆された。